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平成27年10月1日(第31回)放送【1】

【プログラム】
●トップインタビュー:豊長自動車販売株式会社 長尾秀夫社長・豊田功専務
●保証協会からのお知らせ:「ぐんまグッドサポートガイド」「信用保証ガイド」について
●おすすめ情報コーナー:ぐんぎんビジネスサポート大賞について 群馬銀行 小板橋法人部長

プロローグ

司会

 こんにちは。ご案内役の奈良のりえです。大企業トップへのインタビューなどをおよそ1時間にわたって放送しているチャレンジ・ザ・ドリーム。今日のトップインタビューは、中古車販売などを手掛ける豊長自動車販売株式会社の長尾秀夫社長と豊田功専務のお二人です。飛行機から聞こえるインパクトのあるコマーシャルで会社名をご存じの方も多いことと思いますが、会社の名前からして、社長は豊長さんだろうと思っていた方、いませんか。実は豊長は、45年前に長尾社長と豊田専務で立ち上げた会社で、豊田の豊と長尾の長を合わせて豊長というわけなんです。20代前半の若い2人が創業した会社は、中古車販売にとどまらず、整備や車検、修理、新車の販売などと業務を拡大し、 高崎市を中心に群馬県内に11の事業所があり、従業員数は200人を超えています。若くしての創業や、事業の拡大、そして二人三脚での経営の様子についてお話を伺っていきます。また番組後半は、革新的・創造的な新事業プランを支援する群馬銀行の「ぐんぎんビジネスサポート大賞」についてご紹介します。

トップインタビュー

豊長自動車販売株式会社 長尾秀夫社長・豊田功専務

司会
中古車販売などを手掛ける豊長自動車販売株式会社の長尾秀夫社長と豊田功専務のお二人にFMぐんまのスタジオにお越しいただきました。どうぞよろしくお願いいたします。
長尾社長
よろしくお願いします。
豊田専務
よろしくお願いします。

二人の出会いと創業に至るまで

司会
今日はお二方そろってのご出演ということなんですけれども、豊長は長尾社長と豊田専務が20代前半で創業したそうです。それ以前はどんなことをされていたんですか。まず、長尾社長、教えていただいてもよろしいですか。
長尾社長
はい、自動車販売会社の整備部門で働いておりまして、そこに豊田専務が、私の2年後輩なんですけれども、入ってきたということですね。
司会
高崎工業高校の2年後輩の豊田専務が、その後偶然にも同じ会社に入られたんですか。
豊田専務
そうですね。全く知らないで、入ったら同じところに。
司会
そうですか。そのころは、どのようなお気持ちで豊田専務は入られたんですか。やはりお車が好きで?
豊田専務
私もね、車が非常に好きで、できれば工場を持ちたいななんて、そんな気持ちで入りました。
司会
ずれは何かご自分で起業したいというお気持ちが、豊田専務もそのころからあったわけですね。
豊田専務
そうですね。
司会
将来の夢としては、ではお二人は、話し合ってはいなかったかもしれないけれども、それぞれ共通することがあったんでしょうか、長尾社長?
長尾社長
はい。私は高校のころから修理工場を開きたいと思っていたんですね。で、ディーラーの整備部門で仕事を覚えようと思っていたんです。
司会
いつかはもう独立したいという思いで、修業のようなお気持ちで入られたということなんですね。
長尾社長
ええ、そうですね。
司会
で、2年後輩の豊田専務が入ってこられたということなんですが、その当時の様子って覚えています?何か思い出がありますか、お二人の中で。
長尾社長
ええ、そうですね、同じ部屋に入ってきたんですけれども……。
司会
部屋っていうのは、寮か何か?
長尾社長
寮です。はい、そうですね。
司会
いろんなことをお話をされたりしました?
長尾社長
ええ、そうですね。でもね、将来のことについてはあまり話ししてないですよ、そのときはね。
豊田専務
あ、そうですね。
司会
そうですか。専務、そうでした?
長尾社長
結構遊びながら、いろんなことを話していました。
司会
共通の趣味とかはあったんですか。
豊田専務
ちょっとね……。
司会
専務、何でしょう?
豊田専務
寮にちょっと部屋が空いていてね、そこでバンドをやっていたんです。
長尾社長
バンドっていうほどじゃ……。
豊田専務
披露はしてないですよ。趣味でね、どこにも披露はしてないんですけど。ドラムをやる人と、ギターをやる人と。で、私、やることがなかったので、ちょっと歌っていたので(笑)。
長尾社長
ボーカルということですよ。
司会
そうですよね、ちょっと歌っていたなんて謙遜しないでください。専務がボーカルで、社長がギターを?
長尾社長
初歩的なギターで、やりたいなあと思って。
司会
ちょうどグループサウンズとか、何かそういう影響とかもあって?
長尾社長
そうですね、当時ちょうどはやっていたんですね。
豊田専務
そうですね。それぐらいで、飲みには私、行かなかったですからね。
司会
豊田専務はあまりお酒は飲まない?
豊田専務
ええ、飲めないほうなので。
司会
飲めなかった。長尾社長は強そうですよね。
長尾社長
いえいえ、そうですね、強いんですけど、でも、そのときはやっぱり起業ということを考えていましたので、貯金をしたりということを心がけてやってました。今ほどいい加減じゃなかったですね。
司会
いえいえ、何をおっしゃいます。就職してもうすぐに、そのように起業を考え、貯金も始めていたんですか。
長尾社長
そうですね。
司会
遊びたい時期に。
長尾社長
そうですね。そのときは、今考えても一生懸命やったなと思ってますね。
司会
その後、そちらの自動車販売店にはどのぐらいいてお辞めになったんですか。
長尾社長
4年勤めました。
司会
専務はどのぐらいお勤めに?
豊田専務
私は2年で辞めました。
司会
じゃあ、ほぼ同時期といえば同時期にお辞めになっていたんですね。
豊田専務
そうですね。辞めたんですね。
司会
それは、お二人とも起業準備のためですか、社長、まず。
長尾社長
私は4年やってまして、サービス工場が非常に資金がかかるということで、ちょっと難しいかなって、ちょっと挫折したというか、諦めたっていうか。何かじゃあほかの商売という形で考えたんですね。で、じゃあその前に、やっぱり独立となると、営業的な力がないといけないな、必要だなと思いまして、何か営業をやっとこうと思いまして、いろいろ当たったら、当時、英語の辞典を売るっていうのがありましてね、じゃあやってみようということで、で、やったんですね。
司会
営業の勉強をなさったわけですね。
長尾社長
ええ、そうですね。
司会
そのころというのは、専務は2年でお辞めになって何をされていたんですか。
豊田専務
私はちゃらんぽらんですから(笑)、前の会社が嫌になって、メーカーに行ったんですね、生産工場に行って。埼玉にいたんですけどね、父親が亡くなったものですから、それで帰ってきたんです。
司会
帰ってきたというのは群馬に?
豊田専務
群馬県に帰ってきました。近くにゴルフ場がありまして、それがオープンしたばっかりだったので、そのゴルフ場のボイラーのほうの仕事を探しているっていうので、応募して、そこに勤めていました。
司会
いったんは自動車関連からは少し離れたわけですか。
豊田専務
そうですね。
司会
それがどういう経緯で創業になっていったんですか、社長。
長尾社長
英語の辞典を売っているときに、ディーラーに勤めていたときの下請けの板金屋さんが中古車屋さんを始めるっていうので、手伝わないかという話をしてくれまして、半年手伝わさせてもらって、仕事を大体覚えて、それで、独立したいんだということで言いましたら、やってみろとその社長も言ってくれて。1人じゃなかなか難しいですから、2人でやろうと思って、じゃあ専務、あいつだと思って(笑)。
司会
もうすぐピンと来ました?
長尾社長
ピンと来まして、じゃあそうしようというので。
司会
ちょうど最初の会社をお辞めになってから、その独立までは何年ぐらいかかりました?
長尾社長
1年ですね。
司会
豊田専務、会社をつくるというお話を聞かれて、どう思われました?
豊田専務
まあ、その時勤めているところもあまり気に入ってはいなかったので。
司会
そのボイラーのお仕事ですね。
豊田専務
そう。それなんで、ちょうど渡りに船っていう感じでした。

中古車販売業として創業

司会
高崎市藤塚町で創業されたそうですけれども、そのときというのは、年齢は、社長が24歳、そして専務が2つ違いですから22歳。20代の前半で2人で会社をつくろうと思ったわけですよね。これ、ご苦労も多かったんではないですか、社長。
長尾社長
あまり苦労はないっていうか、あれですね。ええ、車をちょっと並べておいたら売れたっていう感じですね(笑)。あまり苦労って苦労は……。
司会
いえいえ、そうですか。
長尾社長
よく聞かれるんですけど、そんなに苦労はないっていうか。
司会
まあ、一番には資金面ですよね。
長尾社長
そうですね、資金面は最初は持っているお金でこうやったりして、足らなくなって、兄弟から借りたり、ちょっとやったんです。そういう若干の資金面の苦労はあったんですけど、そんなに大きくお金をかけたりなんかしなかったので。いずれにしても、資金は足りなかったですね。
司会
それから、やはり車を並べるということは、場所、用地も必要ですよね。
長尾社長
ええ、そうですね。用地も、お借りした土地で、その範囲でやってました。
豊田専務
用地もすごい狭いところでした。
司会
専務、覚えています?その当時の様子、どんな感じでした?
豊田専務
あのとき、100坪なかったです。
司会
え、車何台ぐらい並べていたんですか。
長尾社長
最初は10台ぐらいしか並びませんから。後からちょっとずつ増やしたけどね。
司会
少しずつ、少しずつ。
豊田専務
そうですね。
長尾社長
で、売らないと仕入できないんですよ(笑)。
豊田専務
お金がないですから。
司会
売って、そこで現金を持って仕入れに行くわけですか。
長尾社長
そうです。
司会
そうすると、当初の役割分担としては、仕入れ担当が社長ですか。
長尾社長
私が、そうですね。
司会
車を売ったりとか、いろんなところに営業をかけたりとか、そういうのが専務がなさっていたんですか。
豊田専務
そうですね、はい。
長尾社長
で、整備もしたりですね、ちょっと。
司会
豊田専務が整備もしたり?ああ、そうですか。当時の車事情としてはどんな感じでした?
長尾社長
ええ、ちょうど車が、本当に我々が乗れるようになってきたっていうのが、庶民の足になってきたっていう感じでのスタートでした。
司会
それで、長尾社長、その中古車なんですけれども、その当時というのは、仕入れ値は大体幾らぐらいだったんですか。
長尾社長
仕入れ値が、そうですね、1万円から10万円ぐらいの車が多かったでしょうかね。
司会
で、それを売り値は幾らぐらいで?
長尾社長
売り値がまあ、ですから10万円台から20万円台ぐらいが一番多かったですね。
豊田専務
そうですね。
司会
仕入れ先ですけれども、どういったところに行かれていたんですか。
長尾社長
ディーラーさんです。神奈川、東京が主だったですね。
司会
ディーラーさんに行くんですか、直接。
長尾社長
ええ、そうですね。ディーラーさんの中古車センターのようなところがありますから、そこへ行って買い付けをしてくるという形ですね。
司会
現金を持って。
長尾社長
そうですね、はい。
司会
どうやって群馬まで運んできたんですか。
長尾社長
自分で運びました。
司会
運ぶというのは、ご自分で運転をしてきた?
長尾社長
そうですね、はい。
司会
そのころというのは、もちろん高速道路は……。
長尾社長
ないですね。まだ17号も、深谷かどっか、あの辺はまだ舗装になってない時期だと思いますね。信号もなくて空いてましたので、意外と時間は早かったと思いますね。
司会
それにしても大変ですね。
長尾社長
まあ、今はもっと大変なんですけど、当時は何とも思いませんでしたね(笑)。多いときは、神奈川まで行って、また持ってきてっていうことも。当時は神奈川を2往復ぐらい。
司会
1日に?
長尾社長
1日に、そうですね。
司会
お一人で?
長尾社長
ええ。
司会
すごいですね。
豊田専務
最初は私も一緒に行って、だから私も行って乗ってきたんですよ。で、途中からもう私は行かないことになって、社長が2往復する。2往復は結構やってましたね。
長尾社長
ええ。当時は陸送屋さんっていうのがあまりなかった。
豊田専務
あったんだけど、高かったから。
長尾社長
そうですね。お金を節約するっていう意味で運んできました。
司会
でもその分は体力と知恵を使ってですね。
長尾社長
そうですね。知恵はないけど、体力ですね。
司会
そういったところからのスタートだったんですね。
長尾社長

そうですね、はい。

修理工場の開設

司会

社長、そこからどのようにこつこつと広げていったんですか。

長尾社長
まず、販売をやってまして、それに伴う修理が必要だっていうことで、お客さまがいざというときに故障で困る。そういうときにすぐ対応できるという形で、修理工場を開こうという形で、まずそれを広げましたですね。
司会
そうですか。修理工場ですね。
長尾社長
当時、やっぱり外注に修理を出していたんですけれども、やっぱりちょっとスピードが遅いので、自社工場が必要だなと思いましたね。
司会
自社工場のことについて、専務は何か覚えていらっしゃることとかありますか、その当時のことで。
豊田専務
まあ、自社工場っていっても、本当に、建物が建っていたんですね、工場があったんです。
司会
あ、もともとあった……。
豊田専務
あれは何工場かわからないけど、とにかくスレートのね。それをそっくりそのまま使ったんですからね、全く金をかけてないという。
司会
設備投資をかけずにスタートした。やっぱり最初はそういったところはあまりかけないで……。
長尾社長
かけられなかった。資金がありませんので(笑)。
司会
でも、そういった中でも、やっぱり整備工場が必要だって、これ、一つの決断ですよね、社長。
長尾社長
そうですね。
司会
それが今の豊長の形をつくっていく、ある意味、第一歩、特徴の一つになっていったんでしょうか。
長尾社長
そうですね。中古車専用店から、ある程度総合的な車屋さんという形に持っていけるところかなと思いますね。
司会
はい。それではここで1曲お届けしたいと思います。まずは豊田専務のリクエスト曲をおかけしようと思うのですが、小坂明子の『あなた』という曲だそうですね。
豊田専務
社長のことを……。
司会
社長が笑っています。
豊田専務
頭に浮かぶ、私の思い出なんです。
司会
社長はそのころ、新婚だったとか?
豊田専務
いや、まだ結婚する前だったんです。それも私にダブらせたんですよね、憧れみたいな。
司会
憧れみたいな。本当にお二人は仲がいいんですね。
長尾社長

いやいや。

司会

それではお届けいたしましょう。小坂明子で『あなた』。

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