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平成27年11月5日(第32回)放送【1】

【プログラム】
●トップインタビュー:昭和電気鋳鋼株式会社 手塚加津子社長
●保証協会からのお知らせ:「創業計画サポートガイド」平成27年改訂版について
●チャレンジ企業紹介コーナー:株式会社大和屋

プロローグ

司会

 こんにちは。ご案内役の奈良のりえです。大企業トップへのインタビューなどをおよそ1時間にわたって放送しているチャレンジ・ザ・ドリーム。今日のトップインタビューは、高崎市にある鋳造メーカー、昭和電気鋳鋼株式会社の手塚加津子社長です。鋳造というのは、金属を高熱で溶かして、型に流し込んで成型していく技術です。男性の職場といったイメージがあり、そうした中で、女性社長というだけでも意外性を感じるのですが、社長だった父親の死をきっかけに、専業主婦から転身し、それも、悪化していた経営を改善したというから驚きです。会社立て直しの様子や、経営に対する考え、また、家庭との両立などについて伺っていきます。番組後半は、コーヒー豆や陶磁器の販売などを手がけている高崎市の株式会社大和屋への訪問インタビューをお送りします。

トップインタビュー

昭和電気鋳鋼株式会社 手塚加津子社長

司会
専業主婦から社長となって活躍されている昭和電気鋳鋼株式会社の手塚加津子社長にFM ぐんまのスタジオにお越しいただきました。よろしくお願いします。
手塚社長
よろしくお願いします。
司会
小柄でスリムな手塚社長、そのバイタリティーはいったいどこからくるのか、今日はそのあたりもじっくりと伺っていきたいと思います。

祖父の創業から入社まで

司会
昭和電気鋳鋼は、昭和・平成の「昭和」に、電気自動車の「電気」、そして鋳物の「鋳」に「鋼」と書いて鋳鋼ですけれども、どんな製品をつくられていますか。
手塚社長
製品としては、建設機械の部品や、鉄道・エレベーターの部品などをつくっております。
司会
手塚社長、そもそもその鋳物というのは、どのようにつくるんですか。
手塚社長
砂で型をつくって、その中に1,650度に熱して溶かした鉄を注ぎ入れ、自由自在の形に部材をつくることを鋳物といいますが、特に鋳鋼というのは、それにシリコンとか、マンガンなどを加えて、固いだけではなく、粘り強い鉄、鋼でございます。
司会
具体的な製品としては、どういったものをつくられています?
手塚社長
力がかかっても割れない、折れないという鋼の性質を利用して、建設機械などの重要なところに使う重要保安部品を造っています。特にエレベーターでは、万が一があってはならないのですけれども、万が一エレベーターが止まらなくなったときに、最後の最後のストッパーになるような部品をつくっております。
司会
そうですか。命を支える、もう最終のところを担っていらっしゃるということですね。
手塚社長
はいそういうことです。
司会
そういう意味では、つくられている皆さま方の職人魂というのが形になってくるものなんでしょうね。
手塚社長
鉄の塊なんですけれども、大変デリケートな製品でございまして、ヘアークラックといって、ちょっとの割れでありますとか、傷も、許されないものです。
司会
現在、社員の方は何人ぐらいいらっしゃいますか。
手塚社長
今、100名弱になっております。
司会
手塚社長のおじいさんが、もともと昭和14年に創業したということですが。
手塚社長
はい。祖父は機織りの機械を販売していたそうですが、桐生方面を回っている中で、機織りの機械自体を鋳物からつくってしまおうということを考えたそうで、高崎の地に工場を建てたというふうに聞いております。
司会
では、おじいさんは群馬県のご出身では、なかったということですか。
手塚社長
はい、東京だったのです。
司会
東京から桐生にいらしていて、それがご縁だったわけですね。
手塚社長
はい。
司会
その後、お父さまが継いだということですけれども、そうしますと手塚社長は、東京の生まれですか。
手塚社長
はい、そうです。
司会
子どものころ、会社を継ぐという思いはありましたか。
手塚社長
全くございませんでした。大体父も、女性や、子どもは、男性に守られたところで静かに平和に暮らすようにという主義でございましたので、会社のことも家に帰ってあまり話しませんでしたし、地域的に離れておりましたので、会社も見たことがございませんでした。
司会
ああ、そうですか。あまり、では群馬にいらっしゃるということは……。
手塚社長
ほとんどなかったですね。
司会
大学卒業後、いったん先生になられた、教壇に立たれたそうですね。
手塚社長
はい。ほんの少しの期間だったのですけれども、歴史を教えていました。
司会
数年ですか。
手塚社長
はい、3年です。
司会
ではその後は、ご結婚されたんでしょうか。
手塚社長
はい。子どもができましたので、すぐに専業主婦になりました。
司会
という流れからは、手塚社長ご自身も社長になるということは、未来予想図の中に描いてなかったでしょうね。
手塚社長
全く描いておりませんでした。
司会
それが2001年(平成13年)、手塚社長が46歳のときに、お父さまが亡くなられたそうですね。
手塚社長
はい。そうです。
司会
ここから会社にかかわり始めたんですか。
手塚社長
はい。父が亡くなりまして、しばらくして母と相続の書き換えの問題で銀行に伺いましたときに、「負の相続があるのをご存じですか」と言われて、初めて会社に借金があること、父が保証してきたことを知りました。
司会
お父さまは全くそういうお話をなさらなかったんですか。
手塚社長
はい。残念ながら、私どもにわからないと、そういうことは理解できる範囲ではないと思っていたらしいですね。
司会
それを聞いたときに、どういう思いが、まずよぎりました?
手塚社長
会社は何とかうまくいっているものだと、母も私も思っておりましたから、本当にびっくりいたしました。
司会
その中で、いろいろな決断もあったと思うんですね。例えば清算をしてしまうとか。でも、そうではなくて、お父さまの跡を継ごうと思ったのはどうしてですか。
手塚社長
それはやはり、祖父と父が本当に精魂込めて会社を愛してきたということを、私たち、中身はわからなくても知っていましたし、それから、しばらくして、私も会社に足を運んで、工場の中を見せてもらったんですね。そうしましたら、大変厳しい作業を社員の方々が一生懸命やっていらして、私の今までの生活というのは、この会社の業があってこそだったのだということに初めて気が付いたわけです。そのとき、おごった気持ちですけれども、私がお返しをする番だなと思ったので、会社を継ぐということを決心いたしました。
司会
今まで支えてくださった従業員の方たちを、このまま路頭に迷わせるわけにはいかないと、そんな思いがやっぱりお強かったんですか。
手塚社長
そうですね、それはもう、父は何よりも会社に働く皆さんのことを大事に思っていましたので、その社員の方々の後ろには、ご家庭があって、お子さんもいるわけで、そういうことを考えたら、会社を簡単に閉鎖するということは絶対にできない。鉄を溶かす炉の火を止めてはいけない。そして、昭和電気鋳鋼を卒業された多くの方々が、「ああ、あの会社、なくなっちゃった」というような思いをさせてはいけないと強く思いました。

総務部長として入社

司会
普通の状態で継ぐのですら、今までご経験がなかったところに飛び込むというのは大変だと思うんですね。それを、マイナスの状態のものも含めて、リスクを背負ってまで継ぐということを決意した。それは並々ならぬご決意だったと思うんですけれども、実際には、具体的にどんな形でかかわり始めました?
手塚社長
まあ、何億という保証をさせていただくにあたって、様子をもうちょっと聞きたいなと、内部的なことも知りたいと思うように次第になりまして、2004年に総務部長として入社をいたしました。
司会
そのときというのは、お父さまの跡を継ぐつもりで入社なさったんですか。それとも、そういうイメージではなく入られたんですか。
手塚社長
全く自分が役職に就くなどということは思ってもみませんでした。社長どころか、役職がつくとは思っておりませんでした。とにかく、保証をするにあたって、何も知らないで保証はできないですし、少しでも何か自分でできることはないのかということ、その一念で会社に飛び込んでしまいました。知らなかったからこそ、飛び込めたのかもしれせん。初めはとにかく何もわからなかったので、毎日、工場に通ってきては、ヘルメットを被って、安全靴を履いて、工場の中を歩いて、どういうものをつくっているのか、どういう作業があるのか、社員さんたちの一人一人のお名前を憶えて、どういう方がどういう仕事をしているのか、そして、手が空いているようでしたらヒアリングをして、どういうことを感じて考えていらっしゃるのか、聞かせてもらい始めました。
司会
そうですか。そのころの会社の様子というのはどうでしたか。
手塚社長
バブルがはじけて、年々業績が悪化している状況のときでしたので、また、中心になる社長を失って、皆さんがバラバラといいますか、中心を失っているような状況に見えました。
司会
目標を見失っているというようなイメージですか。
手塚社長
確かにそういう感じでした。不満をどこに持っていったらいいのかわからないというようなことでしたので、一つ一つ、いろいろなことを聞かせてもらいながら、勉強を始めました。
司会
その後のお話、どのように改革をなさっていったのか、引き続き伺っていきたいと思いますが、その前に、ここで1曲、お届けしたいと思います。手塚社長が選んでくださった曲です。どのようなナンバーを今日はお選びいただきましたか。
手塚社長
平井堅さんの『The ROSE』という曲です。私の人生観の中で、全てを自分が決められるわけではないということを感じています。天命といいますか、私が日本に生まれたこと、そして、父の下に生まれてきたこと。みんな、偶然であって、その人知を超えた力のようなものを、この曲を聴くときに感じます。
司会

それではお届けいたしましょう。平井堅で『The ROSE 』。

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