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平成28年1月7日(第34回)放送【1】

【プログラム】
●トップインタビュー:カネコ種苗株式会社 金子昌彦社長
●群馬県からのお知らせ:群馬県の産業人材育成策について
●チャレンジ企業コーナー:あぜみち&千代田饂飩

プロローグ

司会

 明けましておめでとうございます。ご案内役の奈良のりえです。夢への挑戦をテーマに明日へ向かって走っている人を応援する番組「チャレンジ・ザ・ドリーム」。今年も企業トップへのインタビューなどを通して、元気の出る話、参考になる話をご紹介していければと思いますので、よろしくお願いします。さて、新年最初のトップインタビューは、業界1位の売上高を誇る前橋市のカネコ種苗株式会社の金子昌彦社長です。カネコ種苗は明治28年(1895年)の創業で、3代目の金子才十郎社長が戦後、急成長させ、海外にも事業所があります。現在の昌彦社長は群馬県の職員でしたが、縁あって30代でカネコ種苗に入社。従業員およそ600人の会社のかじ取りを行っています。企業の成長のポイントや、経営に対するお考えなどを伺っていきます。そして、番組後半は訪問インタビュー。30代の男性がこだわりのうどんを提供している 千代田町赤岩のお食事処「あぜみち&千代田饂飩(R)」に出かけ、お話を伺ってきました。

トップインタビュー

カネコ種苗株式会社 金子昌彦社長

司会
業界1位の売上高を誇る前橋市のカネコ種苗株式会社の金子昌彦社長に、FMぐんまのスタジオにお越しいただきました。どうぞよろしくお願いします。
金子社長
よろしくお願いします。

群馬県庁職員時代

司会
金子社長は富岡市のご出身だそうですね。
金子社長
はい。お町の子ではなくて、田舎の子です。
司会
富岡市ということで、お父さまとお母さまは何かご商売をされていましたか。
金子社長
父は勤め人でしたが、若干農業もやっていまして、いわゆる3ちゃん農業というので、少し自分の家で食べるものとか、そのぐらいの農業ですね。
司会
金子社長も農業を手伝ったりしていたんでしょうか。
金子社長
はい。大学が東京だったんですが、それまでは家でいろんな農作業とか、手伝いをしていました。
司会
では、高校時代ぐらいまでということですか。
金子社長
そうです。
司会
じゃあ小さいころから結構、畑とか土いじりにもたずさわっていたと。
金子社長
ええ、結構好きだったですね。
司会
大学卒業後なんですが、群馬県庁に入庁したそうですね。
金子社長
はい。
司会
当時はどのような将来設計をされていたんですか。
金子社長
パブリックサーバントですね。公務員として世の中のお役に立つような、そういった仕事をしていきたいなというふうに思っておりました。
司会
県庁ではどのような仕事をしていました?
金子社長
最初に配属されたのは地方課の行政係というところで、市町村の行政のお手伝いっていうんですか、アドバイスするような、そういったところでした。その後は、人事課へ行きまして、職員の福利厚生とか、そういった仕事をしておりました。
司会
現在の社長職をなさるのにあたって、何か県庁でお仕事していたことが役に立ったなということはあります?
金子社長
そうですね、まあ、直接というのはなかなかないんですが、そのときの仲間たちといろいろ勉強会みたいなのをやっていまして、今でもそういうのは続いておりまして、仲間に入れていただいております。
司会
ああ、そうですか。で、このころというのは、カネコ種苗のことは知っていたんですか。
金子社長
まあ、知っておりましたけれども、ただ仕事上は関係がなかったので、詳しい内容まではわからなくて、会社の名前と、社長の名前ぐらいだったですかね。
司会
当時社長だった創業家3代目の金子才十郎さん、現在の相談役の娘さんと結婚をして、その後、カネコ種苗に入社したそうですね。
金子社長
はい、そうです。
司会
この奥さまとの出会いというのは?
金子社長
何しろ昔のことですので、あまりよく覚えてないんですけど、確かレクリエーションでテニスの大会か何かあって、そのときだったんじゃないかなというふうに思います。まあ、社内結婚ですね。
司会
ああ、そうなんですね。
金子社長
はい。
司会
それがある意味、金子社長の人生のターニングポイントになった、奥さまとの出会いが。
金子社長
結果的にそういうことだと思いますね。はい。

カネコ種苗株式会社に入社

司会
昭和62年(1987年)にカネコ種苗に入社されました。……としますと、金子社長、大体何年ぐらい県庁にお勤めされていたんですか。
金子社長
はい。9年間いまして、当時は10年すると、主任とかになれたんですが、まあ、もったいなかったなという感じですね。
司会
未練はなかったですか。今、もったいないとおっしゃいましたけど。
金子社長
それはなかったですね。やっぱり新しいことにチャレンジしていくっていうのは非常にいいことだと思いますので。
司会
そして、入社したのは何歳のときですか。
金子社長
31歳です。
司会
新しい人生が始まるような感じですね。
金子社長
まあ、そこまでの勢いもなかったんですけど。
司会
あ、そうですか(笑)。
金子社長
はい。
司会
当時の会社の様子というのは、金子社長、覚えていらっしゃいます?
金子社長
覚えています。当時は今よりも、時代背景もあって、少しのんびりしていたかなという感じですね。
司会
その中で、金子社長はまず入社して、どのような仕事に就かれたんですか。
金子社長
最初は、当時の社長の方針で、基礎からやれということで、倉庫に入りまして、それから種採りで畑ですね、畑回りをしまして、それから営業もやりましたし、それから、会社の数字を見るようなこともしまして、まあ、一通りのことはやったということですね。
司会
もう基本的なことからスタートしたということなんですけど。
金子社長
はい、そうです。
司会
今お話があった畑回りの仕事っていうのは、これは実際にどんなことをしたんですか。
金子社長
種採りで、農家に委託して種を採ってもらうので、それの指導とか、集荷だとかをやっていまして、4トン車を運転していったこともありました。
司会
それは群馬県内の農家の方との契約ですか。
金子社長
県内だけじゃなくて、千葉だとか、茨城とか、いろいろありました。
司会
ご自身で4トントラックに乗って、種を採りにいくんですか。
金子社長
ええ。まあ、4トンはあまり運転しなかったですけど、1トン車が中心ですよね。品質検査をして持ち帰るという格好ですね。
司会
そういったところでは、基礎的なことをさまざまなことからスタートしたということですが、ご自身が積極的に学ぶような姿勢も持って取り組んでいらしたんですか。
金子社長
そうですね。やっぱり仕事が楽しかったですね、いろんなことをするのが。自分にとって新しいことは非常に面白いことですね。
司会
結構チャレンジングな性格だと思います、ご自分のことを?
金子社長
ええ、見かけよりはそうだと思います。
司会
見かけよりは(笑)。確かにこう、雰囲気としてはとても真面目で、実直で、誠実でというような感じで。
金子社長
そういうふうに言っていただけるとありがたいですけど。
司会
そしてさらには県庁にいらしたということで、管理するようなお立場でずっとなさっていたのかなと思いますが、結構アクティブですね、社長。
金子社長
ええ。私、現場大好きですから、自分でやったほうが面白いですね。
司会
ああ、そうですか。そうすると、今のお立場は、ちょっとなんか、もう少し体を動かしたいなんて思ったりすることもあるんですか。
金子社長
そういう部分はありますね。
司会
そうですか。やっぱり現場を見るということは大切ですか。
金子社長
ええ。大切だし、面白いですね。
司会
面白い?
金子社長
もう全てが現場にありますから、いろんな発見があって、楽しいですね。

前社長・金子才十郎氏について

司会

現場を見てきた、その後なんですが、社長室長をされていますけれども、社員として見る金子才十郎さんのお姿というのは、どのように映りましたか。

金子社長
そうですね、当時は現役の社長をやりつつ、業界、日本種苗協会という団体がありまして、そこの会長もやっておりましたし、あとは商工会議所、さらにほかの公職も同時にたくさんのことをこなしておりまして、タフだなあというふうに思いました。また、人脈の広さっていうんですか、それから、取引先からの信用の高さですね、こういったことには非常に驚かされました。当時から、時代に先んじてハイテクと国際化というのを旗印にやっていたんですが、新しい技術に対する関心だとか、海外へのまなざしですね、こういった点で、企業人としての仕事に対する姿勢っていうんですか、あとは、時代の先を見る目っていうんですか、そういうのは今でも非常に参考になっております。
司会
例えばその時代の先を見る目ですけれども、金子社長が見て、どんなところが、金子才十郎氏の時代の先を見る目があるなというふうに思われました?
金子社長
要するに、これからどんどん変わるんだぞと、今の景色を見てちゃ駄目だぞということですね。ですから、新しい研究所をつくったり、最新の倉庫をつくったり、そういう設備投資もかなりやってきましたし、海外展開もかなり早かったんじゃないかなというふうに思います。
司会
これ、農業の国際化ということですか。
金子社長
ええ。農業というか、我々は種苗業者ですので、種苗業の国際化ということで、今、種も9割は海外で採種しておりまして、また、輸出のほうも世界中に輸出していると、そういう産業になっていますので、業界自体はそんなに大きくないんですけれども、国際展開というのは非常に早かった業界だというふうに思います。
司会
平成5年(1993年)に取締役に就任しまして、経営に参画していきますが、それらのことを伺う前に、ここで1曲お届けしたいと思います。金子社長に1曲選んでいただきました。どんな曲ですか。
金子社長
はい。上條恒彦の『だれかが風の中で』という曲なんですが、私、マカロニウエスタンが好きで、ジュリアーノ・ジェンマが好きだったんですけれども、なんかどっか被っているところがありまして、これ、『木枯し紋次郎』というテレビドラマの主題歌なんですが、あれは舞台が群馬県の三日月村でもありますし、「花燃ゆ」で群馬が映ると、砂ぼこりが上がってくるんですが、どうもそういうイメージとも合っているんですね。割と好きな曲です。
司会
なんか群馬の、上州のからっ風も感じるようなそんな1曲なんですね。
金子社長
はい。
司会

ではお届けいたしましょう。上條恒彦の『だれかが風の中で』。

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