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平成28年2月4日(第35回)放送【1】

【プログラム】
●トップインタビュー:有限会社ドーリー 横田正弘社長
●前橋市からのお知らせ:前橋市創業センターについて
●チャレンジ企業コーナー:わーくはうすすてっぷ

プロローグ

司会

 こんにちは。ご案内役の奈良のりえです。大企業トップへのインタビューなどをおよそ1時間にわたって放送している「チャレンジ・ザ・ドリーム」。今日のトップインタビューは、「伊香保おもちゃと人形 自動車博物館」を運営する有限会社ドーリーの横田正弘社長です。伊香保温泉に程近い吉岡町上野田にある「伊香保おもちゃと人形 自動車博物館」は、年間40万人が訪れる人気の施設で、1994年のオープン以来、ずっと黒字経営を続けています。オーナー社長、横田正弘さんは、もともとは大工として身を立て、30歳で建設会社を設立。その10年後、40歳で周囲の反対を押し切って事業の転換を図り、博物館をつくったそうです。起業や事業の転換、成功のポイントなど、横田社長にお話を伺っていきます。そして番組後半は訪問インタビュー。前橋市にある障害者の福祉的就労施設「わーくはうすすてっぷ」を訪問し、25年前から手探りで事業を進めてきた鈴木隆子さんにお話を伺ってきました。

トップインタビュー

有限会社ドーリー 横田正弘社長

司会
「伊香保おもちゃと人形 自動車博物館」を運営する有限会社ドーリーの横田正弘社長にFMぐんまのスタジオにお越しいただきました。どうぞよろしくお願いいたします。
横田社長
よろしくお願いします。
司会
あごひげがダンディでいらっしゃいますね。
横田社長
ただのじじいです。
司会
いいえ、とんでもございません。実は横田社長には、イベントなどでご一緒いただいているんですけれども、今日はそんな横田社長のバックボーンなども伺わせていただければと思います。

大工から建設会社を設立

司会
早速なんですが、横田社長はもともと大工で身を立てたそうですね。
横田社長
はい。もう小学校、中学校と、ものをつくるのが大好きで、勉強よりも何かつくりたい。そんなことで、夜間の高校に行きながら、大工さんになったわけでございます。
司会
1983年(昭和58年)に30歳で建設会社を設立したそうですが、その若さで大変だったのではないですか。
横田社長
大変だという思いは一つもないかな。非常に安い金額で請負金額を出していましたので、本当に多くの皆さんに注文されまして、仕事がこなせないぐらい仕事がありましたね。
司会
30代で会社をつくったときというのは、当初は何人ぐらいで始めたんですか。
横田社長
最初は私1人。で、また1人増え、2人増え、30代でスタートしたときは4〜5人だったですかね。
司会
そのときの年商はどのぐらいでした?
横田社長
1億円ぐらいだったと思います。最後、辞める寸前が、年商10億円ぐらいで、そのときにたぶん、25人ぐらいの従業員だったと思います。
司会
そうですか。もうそのお話を聞いているだけで、とても順調にこられていて、どうしてこの建設会社を廃業なさったのかなと思ったんですけれども。
横田社長
そうですね、一番は、自分の好きな仕事をしたい。それと、建設業というのはクレーム産業ですので、誠心誠意つくっても、壁にひびが割れたとか、乾燥するとどうしても割れてしまうんですよ。それで「割れたから直してください」とか。でも、「それは乾燥したから、ひびが割れたんです」ということで説明しても、なかなか難しんですよね。そのクレームに対してびくびくしながら、一生生きるのではつまんないかなと思い始めて、辞めたわけでございます。

伊香保 おもちゃと人形博物館をオープン

司会
そういったことがきっかけで、10億円という年商を終わりにして、そして翌年、94年に「伊香保おもちゃと人形博物館」をオープンさせましたけれども、これ、どうしておもちゃと人形博物館だったんですか。
横田社長
まあ一番は、おもちゃは私が大好きで、ということからスタートしました。
司会
今、お邪魔させていただくと、まず大きなテディベアが迎えてくれますけれども、いろんなおもちゃが置いてありますが、社長はどんなおもちゃがお好きでした?
横田社長
私の時代はブリキのおもちゃで、最初に買ってもらったのが、消防自動車のブリキの自動車でしたけど、そこら辺から集め始めて、だんだん集めてしまったということですかね。
司会
そうなんですね。でも、これ、例えば好きなものを集めていって、簡単に博物館になるのかなとか思ってしまうんですけれども、そこにはもっと、何かこういうことをやろうみたいなのがあったんですか、思いとして。
横田社長
私がオープンした今から22年前は、博物館はショーケースの中に展示してあるという、そういうイメージだったんですよ。で、私は昭和の街並みの中に、いろんなものをはめ込んでいったという仕組みをつくったわけでございます。
司会
なるほど。確かにお邪魔させていただくと、自分がタイムスリップして、その場所に入り込んでいくというか、自分もそのパーツに入るような感じですよね。
横田社長
そうですね。今は同じような施設がありますけど、当時はどこにもなくて、もう本当にお客さん、喜んでいましたね。
司会
社長は何か、どこにもないものをつくりたいとか、そういうのも頭の片隅にあったんですか。
横田社長
日本一お客さんが喜ぶ施設をつくったら、絶対つぶれることがない、その信念で自信満々にオープンしましたね。
司会
すごいですね。博物館経営って、失礼ですけど、その前のキャリアからは全くないところで、いきなり日本一を目指すんですか。
横田社長
そうですね。ただ、30歳のときに、赤城山に趣味の延長でオートバイの博物館をつくったんですよ。
司会
ああ、そうでしたか。
横田社長
はい。
司会
建設会社を営みながら、ご自身の趣味として、それは。
横田社長
ええ、趣味の延長で、マニアが喜べば、お客さんは必ず来ていただけるということでオートバイの博物館をつくったんですが、マニア目線では全然駄目だという、そういう経験をしたわけです、30歳のときに。で、その経験が大きくてというか、失敗したことが、今の博物館の基になっているということもありますかね。
司会
一度失敗なさっているということで、周囲の反応ってどうでした?
横田社長
そうですね、うちの奥さんも反対し、誰一人、賛成する人はいませんでしたね。それで、もう行き会う人、行き会う人、私の知っている人ですよね。今まで「社長さん」とか、「横田さん」って呼んでいる方が、「横田」とか、「やつ」とかって、そういう言葉遣いになるんですよ。
司会
そんなに変わるものですか。
横田社長
変わるもんですね。「横田はもう、前橋にはいられない」とか、そんな風潮が立ちましたかね。
司会
ええ、そういうのを聞いて、私だったら、もう気持ちとしてはなえてしまいますね、始まる前に。
横田社長
でもね、それがまたバネになって、「よーし、絶対お客さんに喜んでもらうものをつくるんだ」という、一番いい薬だったんじゃないですかね。
司会
多くの人が反対をしましたけれども、最初から結構順調にいきました?
横田社長
もう最初から駐車場が入りきれなくて、もうすごかったですね。
司会
誘客というと、バスでお客さまがいらしてというイメージがあるんですけれども、そういうのってどういうふうに切り開いていったんですか。
横田社長
そうですね、マイカーは、もう本当に多くの皆さんが来てくれたんですが、バスは簡単ではなかったですね。バスのレーンをつくっておけばバスが来ると思っていたんですが、全然来ないんですよ。それで、うちの博物館の前はバスが行ったり来たり通るわけですね、上ったり下ったり。で、何で来ないのかなと思いまして、土曜日とか金曜日の夜に、パンフレットとかをワイパーのところに挟みにいくんですよ。
司会
あ、例えば伊香保に観光にとか、榛名湖に来ている方々のバス?
横田社長
バスが、夜、旅館とか……。
司会
旅館に?
横田社長
駐車場とか、止まってますよね。
司会
ああ、なるほど。
横田社長
そこに……。
司会
バスのワイパーのところに……。
横田社長
挟んでくるわけです。それでも、全然バスが来ないんですよ。それで、近くの施設のお饅頭屋さんに、「うちはバスが来ないんですけど、どうしたらバスが来るんでしょうか」ということで、聞きに行ったんですよ。それで、バスは、バス会社の手配の人と必ず信頼関係を結ばないと来ないということがわかったんですよ。
司会
そうですか。
横田社長
それで、最初の1年、東北・宮城ぐらいから、京都ぐらいまで、1年で10万キロぐらい走りましたかね。
司会
バス会社にあいさつに行ったんですか。
横田社長
ええ、そうです。行ったんですよ。
司会
すごい(笑)。
横田社長
それで、もともと建設業で営業も兼ねていますから、非常に簡単に信頼関係もできましたね。
司会
すごい。やっぱりそのぐらい徹底しないといけませんかね。
横田社長
最初の1年だけは、まあ、若かったということもあり、死に物狂いでやりましたかね。
司会
で、バスの観光客の方も増えたということなんですが、社長、これはもうこのままで、じゃあ「順調にいくな」なんていうふうに思いましたか。
横田社長
いや、もうアメリカの場合は、私が35歳ぐらいのときに、観光バスというのは、もう非常に減っていたんですよ。私が博物館をオープンしたのが40歳。で、35歳ぐらいのときに何回かアメリカに行って、向こうのガイドさんが、「もう昔に比べたら、バスはもう減る一方なんです」。で、私は博物館をオープンしてバスが来始めたわけですが、誰でも会社の旅行で、一つの部屋に大勢で泊まったりするの、嫌ですよね。だから、だんだんバスの旅行というのもなくなると思いましたので、バスの売上とかは、あまりウエイトを置かなかったですね。お客さんがコースは選ぶ時代が来る。もう最初からそんなふうに思っていました。
司会
ここで1曲お届けしましょう。横田社長に選んでいただいた曲です。これは横田社長、どんな思い出の曲ですか。
横田社長
昭和40年代、日本に喫茶店ができ始めまして、その喫茶店の思い出ですかね。
司会

それではお届けいたしましょう。ガロで『学生街の喫茶店』。

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