信用保証協会とは三つの支援保証利用のご案内コンプライアンス・個人情報情報公開
保証協会へのアクセス制度検索ご相談窓口よくある質問リンク集
群馬県信用保証協会トップページ > チャレンジ・ザ・ドリーム >


平成28年10月6日(第43回)放送【1】

【プログラム】
●トップインタビュー:中央カレッジグループ 中島利郎 代表理事長
●保証協会からのお知らせ:「チャレンジ・ザ・ドリーム」平成27年度版 単行本発行について
●チャレンジ企業紹介コーナー:株式会社ナカダイ

プロローグ

司会

こんにちは。ご案内役の奈良のりえです。大企業トップへのインタビューなどをおよそ1時間にわたって放送している「チャレンジ・ザ・ドリーム」。今日のトップインタビューは、中央情報経理専門学校をはじめ、工科デザインや、医療歯科などの専門学校と、単位制高校、関連会社からなる中央カレッジグループの中島利郎代表理事長、71歳です。中央カレッジグループの始まりは、中島理事長の祖父が昭和17年に創立した服飾学校です。戦後になって経理の専門学校になり、運営は理事長の母に受け継がれました。そして昭和59年(1984年)に中島理事長が学園を継承しましたが、当時は決して芳しい状況ではなかったようです。しかし学園を再生し、急成長を果たしました。中島理事長に学園再生や事業拡大の様子などについてお話を伺っていきます。そして番組後半は訪問インタビュー。新しいリサイクルの形態が見えてきそうな施設、前橋市の産業廃棄物処理会社ナカダイの「モノ:ファクトリー」をご紹介します。

トップインタビュー

中央カレッジグループ 中島利郎 代表理事長

司会
中央カレッジグループの中島利郎代表理事長にFM GUNMAのスタジオにお越しいただきました。今日はどうぞよろしくお願いいたします。
中島理事長

こちらこそよろしくお願いいたします。

司会
中央カレッジグループは現在、9校と、単位制高校が2校、それから関連会社が7社あるということですが、理事長、来年の春なんですけど、また新たに学校が増えるそうですね。
中島理事長
現在太田に歯科衛生士の中央医療歯科専門学校があります。その姉妹校として高崎に1校開校いたします。

学園の引継ぎ

司会
そんな中央カレッジグループも、中島理事長が学園を引き継いだときは、まだ経理の専門学校が1校だったそうですが。
中島理事長
はい。まさに経理の専門学校が一つということで、前橋高等経理学校という名前でした。
司会
39歳で継承したそうですね。どんな経緯だったんですか。
中島理事長
はい。実は母が2代目で、設置者としてやっておりましたが、母が急逝したものですから。母が68歳、私が39歳ということでした。それで学校を引き継がざるを得ない状況になったということであります。私の姉夫婦が母を支援していたこともあったんですが、学校がだんだん衰えてきていたものですから、それまで長い年月の中で卒業生がたくさん出ていると、その卒業生のためにも、学校を閉校するとか、あるいは衰退させていくということについては、これはまかりならぬという考え方から、自分が引き継いで学園を再興させていこうという気持ちになったということでもあります。

会計事務所の業務経験

司会
中島理事長、39歳で継承したわけなんですが、その前というのは、どんなお仕事をされていたんですか。
中島理事長
私は学校を卒業してから、公認会計事務所に勤めておりました。そこに5年いて、そして顧問先の企業にスカウトされて、財務関係、経理関係を中心とする仕事に着いておりました。私は元来何かチャレンジするという仕事をつくっていくということが好きだったものですから、その会社でも新たな事業をつくり、会社をつくるというような仕事をやらさせていただいたことが、若いときの大きな財産になっています。

当時の学園の状況

司会
運営を引き継いだ当時の学園の状況というのは、具体的にどんな感じでしたか。
中島理事長
そうですね、学生数は27名ぐらいです。1年生が中心でしたので、昼間部が27名、夜間部が若干いるという程度の学校になっておりました。
司会
これはやはり時代のニーズとか、そういう移り変わりの中での減少だったんでしょうかね。
中島理事長
もともとは服飾の学校がスタートで、途中で昭和27年から経理の学校に変えていったという中で、やはり立地条件というものも非常に重要だったと思います。
司会
今は新前橋駅の近くにおありですけど、当時は違う場所だったんですね。
中島理事長
当時は昭和町1丁目ですので、市立第三中学校の通りなんですね。ですから、太陽じゃないんですけど、太陽っていうのはぐるぐる回っている。そうすると、日陰のときも、日なたのときもあるわけですね。日が当たる時代と、日陰になる時代が必ず出てくると。ですから、まさに日陰になりつつある状況のところだったという意味で、これから日なたになる場所に移転しなければ駄目だというような気持ちが強くありました。そして新前橋という場所に移転することが一番最適だろうということを考えたわけです。

再生のための取り組み

司会
なるほど。そうしますと、再生のための取り組みとしては、まずは場所というところに目を付けたわけですか。
中島理事長
そうですね。学生は北からも西からも南からも通ってくる。そうすると、新前橋駅が分岐点なんですね。それと、私は以前交通安全の仕事の関係に触れていたのですが、19歳、20歳、21歳という学生が一番交通事故に遭いやすい年代なんですね。電車で通ってこられないというような場所は、群馬県の場合はすべて車で来なければならない。そうすると、途中で交通事故とか、そういうことがあったのではならないわけです。
司会
学生さんの安全まで考えているという、そういう構想があったんですか。
中島理事長
はい。そういう考え方が強くありましたね。ですから、郊外でしたら土地が安くていくらでも広い場所はつくれるわけでしょうけど、やはり駅前ということになってくると、非常に地価も高い。
司会
そうですよね。
中島理事長
しかし、学生本人のため、親御さんのためということで考えると、やはりそれが最適だと思っているわけです。
司会
なるほど。そして、そのほかには再生の取り組みの中で大切になさったこと、例えば規模とかそういったことなどはございましたか。
中島理事長
はい。やはり専門学校、学校というのは装置産業なんですね。多額の設備投資がかかるんですよね。ですから、土地を求め、そして建物を建て、中の教育設備もするということでいくと、大きな投資が必要なんですね。ですから、私が引き継いだときはお金がそれほどあるわけじゃないわけですから、自分の今までの全財産と、大きな借金を背負ってスタートするというのが再スタートの元ですよね。
司会
大きい、ある程度の規模の専門学校を建てたということになるんですか。
中島理事長
ええ。1号館を最初につくったときは、ちょうど350名入る校舎なんですよね。
司会
350人というのは、どこから割り出すんですか。
中島理事長
採算性ということでいくと、やはり300名が必要だというところから、300名を確保することによって、何とかまず第一次の維持はできるということからですよね。
司会
そういったことも考えて投資をなさったと。怖くなかったですか。
中島理事長
それはもう考えたことないですよね。
司会
本当ですか。すごい。
中島理事長
それは志の部分が強かったということもあると思うんですよね。私以外、やることはできないという考え方が強かったですから。そうすると、何が何でもやるんだというような気持が強いと、あまりそういうことは考えないですね。それにもともと私も会計分野の出身ですから、ある程度数字は読めていたということです。自分で経営管理計画が立てられたということが、安心して取り組むことができたということなんですね。その辺が一番大事なところなんですよ。何かを始めるときにね。

注意していたこと

司会
そういった中でも理事長、注意していたことっていうのはどんなことですか。
中島理事長
そうですね。やはり教育の中身ですよね。
司会
中身ですか。
中島理事長
職業教育ですから、社会の変化に対応する専門教育ですのでね。そうすると「三方よし」という近江商人の言葉がありますけど、社会に必要な教育内容であり、教育機関であるかどうか。それが相手(学生、保護者)のためになるか、それから自分(学校)のためになるかということですよね。ですからそういうことを考えていくと、ただ単に学科コースをつくればいいというのではなくて、卒業し、社会で活躍できる、それがまた社会が求める教育の内容であるということが一番大事だと思ってますけどね。

チャレンジ・ザ・ドリーム目次



群馬県信用保証協会 〒371-0026 群馬県前橋市大手町3-3-1 TEL 027-231-8816