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平成28年12月1日(第45回)放送【1】

【プログラム】
●トップインタビュー:鳥山畜産食品株式会社 鳥山真 社長
●保証協会からのお知らせ:保証協会の「創業応援チーム」、女性創業応援チーム「シルキー クレイン」及び『創業計画サポートガイド』について
●チャレンジ企業紹介コーナー:bit capsule

プロローグ

司会

こんにちは。ご案内役の奈良のりえです。大企業トップへのインタビューなどをおよそ1時間にわたって放送している「チャレンジ・ザ・ドリーム」。今日のトップインタビューは、ブランド牛肉「赤城牛」の生産から加工、流通までを手がける鳥山畜産食品株式会社の鳥山真社長、48歳です。群馬県産のブランド牛肉の一つ「赤城牛」は、鳥山畜産食品が20年以上前の1993年に商標登録して、ブランド化を進めてきました。現在、海外へ輸出するまでになっていますが、単なるブランディングにとどまらず、肉の「うまみ」を数値化して「味の見える化」を図るユニークな取り組みなども行っています。鳥山社長に挑戦の様子や、目指す方向などを伺っていきます。そして番組後半は訪問インタビュー。ネコ用品のキャットハウスを開発・販売する桐生市の「bit capsule」をご紹介します。

トップインタビュー

鳥山畜産食品株式会社 鳥山真 社長

司会
鳥山畜産食品株式会社の鳥山真社長にFM GUNMAのスタジオにお越しいただきました。今日はどうぞよろしくお願いいたします。
鳥山社長

よろしくお願いいたします。

「赤城牛」

司会
初めからぶしつけな質問で大変恐縮ですが、鳥山畜産食品という社名よりも、「赤城牛」というブランド名のほうを知っている方が多いような気がするのですが、いかがですか。
鳥山社長
お客さまに身近に感じていただいている証拠であれば、大変素直にうれしいと思います。
司会
その群馬県産のブランド牛肉といいますと、この「赤城牛」や、「上州牛」などがあると思いますが、これは鳥山社長、どのように違うんですか。
鳥山社長
群馬県さんやJAグループさんの「上州牛」というブランドは皆さんもよくご存じかと思うんですけれども、私どもの「赤城牛」に関しましては、赤城肉牛生産販売組合という生産者の皆さんの団体で成り立っております。その生産者の皆さんの名前を背負う形で、お客さまのもとへ送らせていただいているのが私どものブランドという形になります。
司会
鳥山畜産食品では、実は牧場も持っていらして、生産から行っているそうですね。
鳥山社長
はい。私の祖父が家畜商を営んでおりました。
司会
家畜商といいますと、どのようなお仕事ですか。
鳥山社長
生きている牛を農家さんからお客さまにお届けする役割です。その家畜商の商売をしているところから、現在の牧場と言われている昭和村にございますけれども、1974年に開設をさせていただきまして、一時保管場所として使わせていただいておりました。牧場という形では、1980年に鳥山牧場として肉牛の生産を行っております。
司会
飼育するための牧場として使い始めたわけですか。
鳥山社長
はい。一般的に肉牛の生産を行っている牧場に関しましては、生後の9カ月ぐらいの子牛をまず買い求めてきまして、それから30カ月齢ぐらいまで育てて、その肉牛を出荷してお肉にします。子牛だけを販売する農家さんもいますし、その子牛を買い求めてきて生産をするのが、一般的に言うところの牧場になります。牧場の開設当時は、全国の各地から子牛を買い求めまして、肉牛の生産を行っていたんですけれども、今から見ますとおよそ15年ほど前ですので、大体2000年ぐらいから一貫生産というところに着手をさせていただきまして、種を付けて子どもを産ませるところから、肉牛を最後は自分たちで食肉加工まで施してお客さままでお届けする、屠殺という作業以外は全て自社で行えるという仕組みができ上がりました。
司会
これは鳥山社長、全国的に見て、そういう取り組みをしているところはほかにありますか。
鳥山社長
かなり少ないと思います。
司会
大変そうですね。
鳥山社長
はい、何よりも時間がかかります。
司会
時間、どのぐらいかかりますか。
鳥山社長
そうですね、私が指示をしまして、種を付けるその日からお客さまの口に運ばれるお肉になるまで約4年はかかります。
司会
4年。
鳥山社長
はい。
司会
今、種付けをしても、東京オリンピックがもう……。
鳥山社長
はい、終わってしまいます。
司会
終わってしまうと。長いスパンですねえ。そういったあたりも非常に難しい経営を自らチャレンジングなさっているのかなと思うんですけれども、1993年に、先ほどからご紹介いただいております「赤城牛」の商標登録を行ってブランド化を始めましたよね。これはどういったことからですか。
鳥山社長
当時一緒にお取り組みをさせていただいていたお客さまと一緒に商標登録に踏み切ったというお話は聞いております。というのは、まだ私が入社前のお話でございまして、地元の生産者約15名ほどで、町おこし、村おこし、農業おこしに近い思い入れの強い中で始まった、いわゆる生産側から温度を高くしてブランド化しようっていうお話で進められたというところを伺っています。

家業に入るまで

司会
鳥山社長はもともと家業を継ごうというふうに思っていらっしゃったんですか。
鳥山社長
子どものころは、人に聞かれたときには「家業を継ぎます」というふうに答えていた記憶はありますけれども、物心ついて、自分が何をしようと思っているときに、選択肢の中に家業を継ぐというものは残念ながらなかったですね。
司会
あ、そうなんですか。ではほかに何かやりたいものがあったとか、見つかったとかいうことですか。
鳥山社長
そうですね、取り組んでいたといいますか、熱中していたスポーツがございました。
司会
何をしていたんですか。
鳥山社長
学生時代からスキーをしていました。
司会
では、もしかしてスキーで何か生業をというふうにお考えだったということですか。
鳥山社長
今思えば相当甘い考えだったと思うんですけれども、そんなふうに考えた時期もありました。
司会
それがなぜ、家に入ろうというふうに思われたんでしょうね。
鳥山社長
東京で勤めをしていたんですけれども、その勤めをしていた会社の事情といいますか、ちょうどそのタイミングで、家業であるこの会社のほうも、業績が正直あまりよくなかったんですね。
司会
ご自身としても、ここはお父さまの会社に入られて、立て直すという思いですか。
鳥山社長
私は会社に入って、屠殺という現場に最初の1年ほど従事しまして、結果的に今までには包丁を持って食肉加工の仕事をする以外は、全ての業務を経験したんですけれども、一番最初に与えられたミッションは、やはり生産の現場を勉強して、この業界の仕組みといいますか、そこを見えるようにならないと、お客さまにお届けするっていうところまではなかなかたどり着かないっていうことを、父からその当時言われた記憶があります。

入社後の社会情勢

司会
1995年、27歳で入社なさったということですが、その後はいかがでしたか。
鳥山社長
私が会社に入ってから、もう20年が経過しますが、食を取り巻く環境が目まぐるしく変わった20年だったのかなと思います。会社に入社した当初、目の前にあった大きな事件でO157事件というのがありました。
司会
ありましたね。
鳥山社長
その後に狂牛病(BSE)がありました。産地の偽装の問題でありますとか、2010年には宮崎で家畜の口蹄疫って大きな事件も起きました。同じタイミングで、2010年から11年にはユッケの事件でありましたり、東日本の震災もありました。そういったところを常に見ながら、立ち位置をどこに置かなければいけないのかというのが、毎年リセットされていくような感覚だったですかね。
司会
確かに、ちょうど鳥山社長が入社されたぐらいから、そういった幾つもの困難が押し寄せていましたよね。そういった中で、気持ちが折れそうになることってありませんでしたか。
鳥山社長
幸いといいますか、一生懸命頑張って私の思いをぶつけようと思って。目の前にいる牧場の牛は口が利けませんので(笑)。決して大声で怒鳴っていたわけではないんですけれども(笑)。
司会
確かに(笑)。
鳥山社長
ただ、そんなことを思い起こすと、やはりちゃんと自分の中に常に帰ってきて、自分の中で結論を下さない限りは次がないっていうことは、その都度感じていたのかなと思っています。業界の中だけで情報交換をしていますと、すごくネガティブな発想になってしまいますので、そのときには、私は逆にそれを外から見る視線といいますか、それを常に持っていたいなというふうには思い続けていました。
司会
それは、ほかの異業種の方とお話をするとか、そういうことですか。
鳥山社長
そうですね。異業種の方から見たときに、私たちの業界が今どう映っているのか、その取り組みはどんな方向を向いているのかということに、常に耳を傾けながら取り組んできたことは、今思ってみれば非常に役に立ったのではないかなと感じています。
司会
新たな挑戦を進めている様子というのを次のパートで伺っていきたいと思うんですが、その前に、ここで1曲お届けしたいと思います。ウィルソン・フィリップスの『ホールド・オン』、1990年のナンバーを選んでいただきました。これは社長、どんな思い出の曲ですか。
鳥山社長
当時、バブル絶頂期といいますか。
司会
そうですね(笑)。楽しい学生時代でしたか。
鳥山社長
学生時代で感じていたよりは、尊敬している先輩方がバブルを謳歌していた姿を見させていただいたその背景で、常にこの曲が流れていました。ただ、そのときにはいろいろな思いはありましたけれども、やはり前を向いて続けていこうという部分が、まさにこの曲に込められているのかなと思いました。
司会

はい。それではお届けいたしましょう。ウィルソン・フィリップスで『ホールド・オン』。

 

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