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平成29年3月2日(第48回)放送【1】

【プログラム】
●トップインタビュー:株式会社クライム 金井修 社長
●保証協会からのお知らせ:創業後の支援業務と『ぐんまグッドサポートガイド』について
●チャレンジ企業紹介コーナー:合同会社Armonia

プロローグ

司会

こんにちは。ご案内役の奈良のりえです。夢への挑戦をテーマに企業トップへのインタビューなどをおよそ1時間にわたって放送している「チャレンジ・ザ・ドリーム」、今日のトップインタビューは、コンピュータのシステム開発事業などを手がけるIT企業、株式会社クライムの金井修社長、55歳です。クライムは、高崎市に本社を置き、東京や大阪、上海にも進出。特にこの数年で急成長を果たしていて、グループ会社を含めた社員数はおよそ660人、今年度の売上は55億円に上ります。そんなクライムは、今から28年前に、当時20代だった金井社長が専務と2人でスタートさせました。起業の様子や、事業拡大のポイントなど、金井社長にお話を伺っていきます。そして番組後半は訪問インタビュー。さまざまな理由で髪の毛を失った女性のためのヘッドスカーフを商品化し、事業を開始した伊勢崎市の角田真住さんをご紹介します。

トップインタビュー

株式会社クライム 金井修 社長

司会
株式会社クライムの金井修社長にFM GUNMAのスタジオにお越しいただきました。今日はどうぞよろしくお願いいたします。
金井社長

はい、よろしくお願いします。

起業への決意

司会
クライムの本社は高崎にありますけれど、金井社長は沼田市のご出身だそうですね。
金井社長
はい、高校まで沼田市に住んでいました。それで大学は東京に行ったという感じですかね。
司会
大学時代はどんな学生生活を過ごされましたか?
金井社長
言っていいのかどうかわからないですが、ほとんど大学で勉強しなくて、ほとんどアルバイトをしていた4年間だったんです。
司会
そうですか。
金井社長
ただね、初めて会った人とその日、仕事しなければならないという経験が、やはり起業をする上で非常に役立ったかなと思います。
司会
なるほど。その起業についてなんですけれども、いつぐらいから自分で事業を興したいというふうに思われたんでしょうね。
金井社長
実はその大学のときだったんですけれども、ちょうど30代前半ぐらいのベンチャー企業の社長さんに、非常にかわいがっていただいて、学生では行けないような、銀座とか、赤坂とか、そういうところで食事をごちそうしてもらったりしていたんですけれども、ちょうどそのとき学生に出資して、学生さんのこういう発想で起業させるというのがはやっていたころだったんです。その社長から「2,000万円出すから何かやってみないか」って提案をされたんです。
司会
学生時代に?
金井社長
そうなんです。大学の3年生のときです。ただそのときは、ちょっと悲しいことに、何をやりたいかというのがなくて、度胸もなかったので、お断りしちゃったんです。
司会
あら、もったいない。
金井社長
もったいないんですよ。それで、そのもったいなかった気持ちと、そのとき社長にいろいろ食事に連れていってもらったり、飲みに連れていってもらった中で、起業家というか、社長って面白いんだぞっていう話をいっぱい聞かされたんです。やりがいがあって、夢があって、自分が企画して発想したものがうまくいって、世の中のためになって、喜ばれて、従業員、お客さんを含めて喜んでもらえる非常にやりがいのある仕事だから、おまえもやってみないかということを言われて、じゃあサラリーマン経験をちょっとしたら起業しようと大学3年のときに決めたんです。

山田専務との出会い

司会
大学卒業後に、いよいよ起業に向けての準備ということになるんですか。
金井社長
そうなんです。大学のときは当然、設備投資とかのお金がないですから、人材派遣の仕事を群馬でやってみようかなと当初思っていたんです。実は、業種は、何でもよかったんです。バブルのころだったので、日本の国民が全員プログラマーになってもまだ足りないという、そんな時代だったんです。それで富士通というコンピュータメーカーで、大量に採用していたので、コンピュータのこと知らなかったんですけれども、富士通の関連会社に応募してみようかということで応募をしたんです。
司会
会社での仕事内容はどんなことでした?
金井社長
コンピュータのOS、オペレーティングシステムという一番中心になるソフトウェアの、そのOS周りのシステムの開発に携わっていました。そのときに、我々の会社の専務で山田という専務がいるんですけど、彼が同期入社なんです。富士通の寮に入っていたんですけれども、誰かの部屋に集まって、みんなで部屋飲みをしていたとき、今の山田専務と仲良くなって、「大学のときにベンチャー企業の社長に会って、取りあえず3年間だけサラリーマン経験をして、会社を興すつもりでいるんだ」という話をしたら、「俺もぜひ交ぜてくれ。一緒にやりたいんだ」ということを、実は専務もそのときに同調してくれていたんです。だから今の会社の構想は、もうサラリーマンになって2週間目か3週間目に、もう決まっていたような感じなんです。

二人でクライムを設立

司会
3年で独立したんですか。
金井社長
そうです。3年で辞める予定だったんですけど、システムの開発って、結構1年だったり2年のスパンでやるものが多くて、辞められるタイミングじゃなかったんです。大きなプロジェクトが終わったのがちょうど4年目になったときだったので、4年目に富士通の関連会社を退社して、今の会社を設立しました。26歳のときだったと思いますけれども、司法書士さんとかいろいろな方のお手伝いを受けずに、2人で本を買って、全部勉強して、設立しました。
司会
本当に二人三脚でやっていらしたということなんですね。
金井社長
そうですね。
司会
そうすると、社名ももちろんお二人で決められたのですか?
金井社長
そうなんです。当初、人材派遣の仕事をやろうと思っていたんですけれども、実はコンピュータの仕事も人材派遣と同じように初期投資が要らないんです。ある程度の技術があれば、そんなに設備投資しなくても会社を始められるので、せっかく富士通に入ってコンピュータのノウハウもたまったので、コンピュータの仕事をやろうということで始めたんです。その設立のさまざまな準備は意外と順調だったんですけれども、社名だけが最後まで決まらなくて、最後の最後、登記のぎりぎりのところで、とにかくみんなで上に行こう、社員同士が手を取って上に行こう、お客さまと信頼関係をつくって上のステージに行こう、とにかく登るという意味で、ロッククライミングのクライムという名前にしようということで付けました。これ、2人で一生懸命考えた名前です。

創業期

司会
じゃあ「よし、行こう」というのが、この名前に現れているのかななんて思います。初期投資はそれほどかからなかったと言いながらも、やっぱり資金繰りというのももちろん、起業して出てくることかと思いますが、このあたりはどのようにされたんですか。
金井社長
実はですね、これも恵まれていたのかもしれないですけど、富士通のサラリーマン時代に、研修が終わった後は、ものすごい残業、残業だったんです。今は、長時間残業って駄目みたいな風潮にだんだんなっているんですけど、30年前って、バブルの本当に絶頂期のころだったので、仕事があって、とにかく残業だったんです。納期の前は、もう徹夜は当たり前、休日出勤当たり前というような4年間だったので、遊ぶ時間がなかったんですよ。4年やって、設立するときには、500万円の資金がたまっていたんです。
司会
お二人で?
金井社長
私一人で。
司会
ええっ。4年間で?
金井社長
山田専務のほうは、優秀だったので、あまり残業しなかったんですけど、とは言いながら、貯金があったので、2人の貯金を合わせて設立の準備資金と、その後の運転資金に回したような形です。
司会
資金繰りはそういった形でスタートということですが、あともう一つ、やはり大切なのが顧客探しかなと思います。
金井社長
そうなんです。これもちょうど時期的についていて、設立が平成元年の4月だったんですけど、バブルの絶頂期ですよね。
司会
そうですね。
金井社長
本当に電話帳に載せるだけで仕事が舞い込んでくる、そんな時代だったんです。ただ、設立前に知り合いと話をして準備をしていたんですけれども、ある自治体の税の仕事をやらないかという話があって……。
司会
税金の?
金井社長
そうなんです。その税の仕事からスタートしたんです。平成元年の4月1日に設立したんですけど、2日目から仕事ができるような状況で、3年間はその自治体の税のシステムの仕事で、設立当初をしのぐことができたんです。その間に新規の顧客を開拓できたということで、時代がよかったんですかね。そんな形で顧客探しはそんなに苦労せずに……。
司会
スタートしたということなんですね。
金井社長
スタートできたということですね。
司会
順調だったと思います。なぜかというと、バブル期で、どんどん、どんどん、コンピュータ化しろという時代だったのと、それと、バブルが終わった後に、今度は逆に人件費を削減するような、経費削減の風潮になったときも、それに必要なのがコンピュータ化なんですね。もともと小型系のOSをやっていたので、そういうノウハウがあったんですね。世の中が大型コンピュータから小型のコンピュータに移ってきて、我々の得意とするところに世の中が移ってきてくれたので、それも非常にラッキーな状況だったと思います。

クライムの強み

司会
クライムの強みってどんなところだと思います?
金井社長
一言で言うと、人なんですけれども……。
司会
人?
金井社長
お客さまの困っていることをインタビューして、コンピュータで解決するのが我々のソリューションビジネスと言う訳ですが、よく「物を持ってきて、見せてほしい」と言われるんですけれども、見せられないんですよ。どうしても見せてほしいと言われると、我々の技術者を連れていって、「この人があなたの困っていることを解決します」というようにするんです。設立当初、先ほど言った優秀な専務、山田はたぶん日本の中でもトップレベルの技術を持っていたエンジニアだったと思うんです。私はどちらかというと、技術者というよりは営業の担当だったので、専務の山田の技術を売っていたのが、設立当初の強みだったかなと思っています。その後は、山田専務に続くような人たちがどんどん入ってきてくれたので、その優秀な人たちの集合体というのが強みですかね。
司会
次は東京進出のお話を伺っていきたいと思うんですが、その前に、ちょっとここで1曲、お届けしたいと思います。今日は金井社長に2曲選んでいただきました。まず1曲目は、FM GUNMAでも、おなじみのRIRIちゃんなんですが、これは金井社長、どうしてですか?
金井社長
彼女、群馬にいるときに、だいぶイベントに来ていただいて歌を歌ってもらって、我々も子どもたちの未来を応援したいというキャッチフレーズもあるので、彼女を応援したいということもあって、この曲を選ばせてもらいました。
司会

はい、それではお届けしましょう。RIRIで『I love to sing』。

チャレンジ・ザ・ドリーム目次



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