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平成29年7月6日(第52回)放送【1】

【プログラム】
●トップインタビュー:株式会社アイエー・フーズ 吉田さゆり 社長
●保証協会からのお知らせ:借換保証制度『Gプライム保証』について
●チャレンジ企業紹介コーナー:群馬県造園緑化協会

プロローグ

司会

こんにちは。ご案内役の奈良のりえです。夢への挑戦をテーマに企業トップへのインタビューなどをおよそ1時間にわたって放送している「チャレンジ・ザ・ドリーム」。今日のトップインタビューは、「ねぎとこんにゃく下仁田名産」のコンニャクを中心とした富岡市の食品メーカー「アイエー・フーズ」の吉田さゆり社長、44歳です。アイエー・フーズは1971年(昭和46年)に父・鶴田年明さんが創業し、中国にも進出しています。吉田社長は海外でのデパート勤務を経て家業に就き、2009年に36歳で社長に就任しました。女性経営者ならではの視点などを伺っていきます。そして番組後半は訪問インタビュー。2020年の東京オリンピック、パラリンピックに向けて、暑さ対策の製品「動かせる樹木ベンチ」の開発に取り組んでいる群馬大学大学院理工学府の天谷賢児教授と株式会社桐生再生の清水宏康社長をご紹介します。

トップインタビュー

株株式会社アイエー・フーズ 吉田さゆり 社長

司会
株式会社アイエー・フーズの吉田さゆり社長にFM GUNMAのスタジオにお越しいただきました。どうぞよろしくお願いいたします。
吉田社長

よろしくお願いします。


〔収録風景:スタジオにて〕

アイエー・フーズの由来

司会
吉田社長、まず最初に、このアイエー・フーズのアイエーというのがどういう意味なのか、教えてもらえますか。
吉田社長
はい。アイエーの“I”はインターナショナルの“I”、“A”は荒船という会社がありまして、その両方の頭文字をもじって、アイエー・フーズという名前になっています。
司会
今のアイエー・フーズの前身の法人名が荒船という名前だったということですか。
吉田社長
はい、そうです。

幼少期】

司会
お父さまが設立した会社だそうですね。
吉田社長
はい。
司会
吉田社長、子どものころから会社の様子は見てきましたか。
吉田社長
そうですね。職場が遊び場みたいになっておりましたので、今ではあり得ない話なんですけれども、子どもながらに長靴をはいて、濡れないようにポリ袋に穴を開けて、カッパのようにして走り回っていました。
司会
ちなみに、食卓には毎日コンニャクが並んでいたりしたんですか。覚えています?
吉田社長
それはなかったですねえ(笑)。
司会
そうですか(笑)。そうやって、ある意味遊び場というか、すごくなじみのあった工場ですけれども、何となく会社を継ぐのかなという、そんな思いはあったんですか。
吉田社長
妹が1人おりまして、2人姉妹だったので、どちらかが会社に入るのかなっていうのは思っていたんです。ただやはり、私が継ぎたいなというのは、どこかでは思っておりました。
司会
ああ、そうですか。
吉田社長
はい。
司会
幼いころの夢というと、例えばそうですね、アイドルになりたいとか、今ですとパティシエになりたいとか、女の子だとそういう夢を描きがちですけれども、もしかしてもう何となく社長かなというのが、社長の中にあったんですかね。
吉田社長
そうですね。親からは、もっと他の華やかな職業も言われたりはしていたんですけれども……。
司会
お父さまですか。
吉田社長
そうですね、父からも言われたりはしていたんですけれども……。
司会
「会社を継がなくてもいいんだよ」みたいなシグナルがあったということですか。
吉田社長
そういうわけでもなかったんです。
司会
あ、そういうわけでもなかった。
吉田社長
そういうわけでもなかったんですけれども、例えばですね、私は本当はスチュワーデスとかそういう、当時、私たちが若いころはやっていた職業ってあったんですけれども……。
司会
人気の職業ですよねえ。
吉田社長
はい。当時花形だったんですけれども、「スチュワーデスになればいい」って言われてはいたんです。
司会
小さいころのお父さまの様子を覚えていらっしゃいますか。
吉田社長
そうですね、とにかく怖かったですね(笑)。
司会
怖かったですか。
吉田社長
はい。仕事で忙しくて家にいなかったので、それで優しいお父さんっていうよりも、ちょっと怖いとか、厳しいとか、そんなイメージが強かったです。
司会
厳格なお父さまだけれど、ちょっとユニークな部分もおありなんだとか。
吉田社長
そうですね、結構お茶目な感じですかね。例えば工場を建てていくにあたって、普通、建設会社さんとかにお願いして土地をならしていったりするじゃないですか。
司会
そうですね。
吉田社長
父は違うんです。自分でその中に入っていって一緒にやるんです。ユンボに乗ったりとか。
司会
その建設会社の方に来ていただきながらも?
吉田社長
そうです。(笑)。
司会
それは、ほっとけないということなんですかね?
吉田社長
好きなんですね、きっと。
司会
ものづくりが……。
吉田社長
大好きですね。

入社までの経緯

司会
そんな、お父さまの影響も、きっと吉田社長は引き継ぎながらの今なのかななんていうところで、ここからはちょっと社長の歴史も振り返っていきたいと思います。
吉田社長
はい。
司会
専門学校を卒業後、なんとドイツで就職をなさったそうですね。
吉田社長
はい。
司会
どうしてまた、ドイツですか。
吉田社長
高校3年生で一度留学を1年間。普通、高校3年生では留学なんか、皆さんしないんですけれども(笑)。
司会
皆さん、進学……(笑)。
吉田社長
そうなんです(笑)。思い立ったら吉日は、たぶん父からもらっているところなんだと思うんですけど(笑)。
司会
DNAですね。
吉田社長
ええ。それで、帰ってきてから、専門学校を出て、英語が生かせればいいなあっていうスチュワーデスの夢もあったんですけれども、スチュワーデスはとても狭き門で、当時諦めたんですね。その結果、三越デパートに就職が決まって、それでドイツの三越に就職しました。
司会
英語圏。ドイツは、でも英語圏でも……。
吉田社長
でもない(笑)。でも、英語も通じるんです。
司会
そうですよね、確かにおっしゃるとおりですよね。
吉田社長
よく「ドイツ語できますか」って聞かれるんですけど……。
司会
はい、私も聞こうと思いました。
吉田社長
ドイツ語はできないんです(笑)。
司会
でも、ドイツの空気にまた触れたことで、それがいろいろな経験値となって、今につながっている部分もきっとおありだと思うんですが、社会人1年生としてドイツに行ったときというのは、どんな感じでしたか。
吉田社長
留学はアメリカだったんですけれども、ドイツは全く違う場所で、いろいろ本当にいい経験にはなりました。こじんまりしたお店でしたので、そうですね、日本では経験できないようなことまでやらせていただけたといいますか……。
司会
生活はいかがでした?
吉田社長
とても生活しやすかったんですね、ドイツという国自体が。治安もすごくよかったですし。ヨーロッパ各国近いので、例えば有給休暇でいろいろな国に行ってみるとかもできまして。
司会
それ、いいですねえ。
吉田社長
はい。2年半ぐらいですかね、ドイツにいたんですけれども、このままここにいていいんだろうかっていうのも、いろいろ考えるようになってしまって。どうしても、日本と違って規模も小さいですし、そのお店の中が全てだったので、仕事って思うと、少し物足りなさといいますか、何かちょっと行き詰まりを感じてしまったんですね、私自身の中で。
司会
はい。そして2年半ですか。
吉田社長
そうですね。
司会
2年半、ドイツでお仕事をなさった後に帰国したということですが、すぐに帰国して、お父さまの会社に入社されたんですか。
吉田社長
はい、そうです。もう帰ってきた瞬間、会社が自宅の裏にあったんですけれども、「明日からあそこで働け」って一言で(笑)。
司会
お父さまが(笑)。
吉田社長
はい、そうです。

入社時の状況

司会
華やかなところでお仕事をなさっていて、そして群馬に帰ってきて、今度は全く違う業態でお父さまの会社を手伝うというところに、あまり違和感もなく入られましたか。
吉田社長
違和感はいっぱいありました。
司会
いっぱいありましたか。
吉田社長
はい。
司会
例えばどういったところで?
吉田社長
そうですね、まず作業着に着替えなければいけないと。
司会
はあぁ。バリバリのスーツから作業着になったと。
吉田社長
そうなんです。作業着に着替えて人に会うのが恥ずかしかったんですね、当時。
司会
私、何となくですけど、その気持ち、シンパシーを感じます。
吉田社長
ありがとうございます。
司会
でも、徐々に慣れていきましたか。
吉田社長
はい、おかげさまで。
司会
そのほかはいかがですか。
吉田社長
そのほかですか。そうですね、今まで食品業界を甘く見ていたというんじゃないんですけど、勉強してなかったので、本当に知らないことがあまりにも多すぎて、勉強しなければいけない。
司会
そういうところで、ご自身で何か工夫したりとか、勉強したりというのは、ずいぶん見えないところでなさったんですか。
吉田社長
はい。当時、パソコンとかもあまりなかった時代ですので、ほかの人にできないことを何かやりたいっていうのもどこかにあって、工場の中も、作業だけではなくて、まず品管に配属だったんですね。品質管理なんですけれども、品質管理にいながら、例えば文章を打つとか、そういったところ、ワープロではなくて、パソコンを使えるように勉強はしました。
司会
なるほど。まだ皆さんが手を付けてない部分を吉田社長がなさって、補完するような形で。
吉田社長
はい、そうですね。管理とか、そういったところができるように、私自身では、自分で勉強して、どうにか活かせないかと。
司会
入社なさったときというのは、吉田社長ご自身に夢とか目標はあったんですか。
吉田社長
あまりなかったんですよ、実は。目標とかっていうよりも、とにかく、ここで働くんだっていうことだけですね。
司会
何となく覚悟のような。
吉田社長
そうですね、覚悟。いつか継ぐんだとは思ってはいたんですけれども、そのときはまだ結婚もしていませんし、その先が特に見えていたわけでも何もないので、とにかくここで働くんだっていうことだけですね。
司会
そして、徐々に、徐々に慣れていかれたんですかね。
吉田社長
そうですね。

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