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平成29年9月7日(第54回)放送【2】

【プログラム】
●トップインタビュー:株式会社フライングガーデン 野沢八千万 社長
●保証協会からのお知らせ:「信用保証ガイド」について
●チャレンジ企業紹介コーナー:サイトウグンマ


「爆弾ハンバーグ」誕生の経緯

司会

さてここからはいよいよ、あの看板メニュー誕生の秘話にも迫っていきたいと思います。「爆弾ハンバーグ」ですが、どのように誕生したんですか。

野沢社長
この前身は、古いところを辿ると、今から三十数年前にやっていたノザワというお店で出した「タルタルソース焼いちゃった」っていうのが一番のスタートです。その後、そのメニューを引っ込めて、新桐生店を出すときに「ステーキハンバーグ」というので再登場したんです。ひき肉をサーロインステーキの形にして、ミディアムで提供していました。新桐生店の、要するにフライングガーデン1号店では一番ヒット商品だったんです。でも、気に入らないので、だんだん、だんだんメニューの端に追いやって、2年がかりぐらいで売るのを中止しました。
司会
やっぱりその辺が料理人としてのこだわりでしょうか。
野沢社長
料理人としてのこだわりもあるでしょうし、あとはやっぱり、1日に30食、40食は出ていたので、かなり出ているんですけど、もっとおいしければ、お客さまの支持を得て、100、200って売れるわけだと。でも、そこから売れないのは、これはやっぱり魅力がない・・・ということは外していかなければいけない。
司会
そこからの爆弾ハンバーグへは、どのように開発をなさっていったんでしょうか。
野沢社長
しばらくして、当社の専務、私の倅ですね。小学2年か3年のときに、「学校で友達に『野沢君ちでおいしいのは何だい?』って聞かれるんだけど・・・お父さん、何がおいしいの?」って言われたんですね。そのときはもう、ステーキハンバーグもないですから「うーん」って考えて、「みんなうまいよ」って答えたんですね。答えた後、自問自答して、みんなうまいということは、逆を言えば、みんなまずいにつながる。例えば相撲取りでも上手を取れば絶対負けない。野球で言えばフォークを投げれば絶対打たれないとか・・・。得意技を一流はみんな持っているが、うちはないんだなと。ということは、これはお先は真っ暗だなと。それで、何かないかなといろいろしたら「ああ、そうだ、あのステーキハンバーグっていうのがあったな」と。「あれをちょっとつくり直してみよう」ということで、それで今の形の爆弾ハンバーグができたんです。
司会
この、野沢社長、爆弾ハンバーグという、大変インパクトのあるネーミングなんですけど、これを考え出したのも社長ですか。
野沢社長
そうですね。爆弾ハンバーグという名前を考えて会議を開きました。店長以上、といっても、まだ店数が少ないですから、何人でもないですけど、それとうちの妻とか、当時の幹部で会議に諮りました。みんなの意見を聞きましたが、全員が反対でした。
司会
全員が。
野沢社長
はい。じゃあ爆弾に決めたと。
司会
えっ、ちょっと待ってください。みんなが反対するから? それはどうしてですか(笑)。
野沢社長
みんなが反対しないってことは、ごく普通のことなんですよ。普通のネーミングだったら、ありきたりのネーミングだったら、誰も反対せずに「ああ、それ、いい名前だね」ということになると思うんですね。でも、やはり何か、1回聞いたら忘れないというようなイメージ。何ていうんですかね、へそ曲がりっていうのか、何かわからないけど、比較的反対のことをやりたがる性格なのかもしれません。あとこれは後々読んだ本の中に書いてあったのは、比較的成功する確率が高いのが、2〜3割の人が賛成して、7〜8割が反対に回るとき、これが一番安全です。半分の人が賛成して、半分が反対のときは、やってもやらなくてもいいやつ。
司会
厳しいですね(笑)。
野沢社長
そうです。それで、7〜8割が賛成したら、もうこれは絶対やっちゃいけない。もう遅い。
司会
もう皆さん、知っている、遅いということですね。
野沢社長
遅い。遅すぎる。
司会
そうですか。
野沢社長
ただ、何ていうんですかね。奇をてらえということじゃないんです。
司会
違いというのはどういうところですか。
野沢社長
だから、例えばカツ丼というのはこういうものだと、みんな知ってますよね。ところが全然違うカツ丼が出てきたら、みんな「そんなの」って反対しますよね。それがいいんです。それは当たらなかったら、やめればいいんで。
司会
確かにおっしゃるとおりですね。
野沢社長
だから、私、思うんですけど、やりながら考える、考えながらやる、同時並行でいく。完璧なものを提供するときには、つくろうと思っています。そして、完璧で出します。しかし、完璧なものができたときには、もうそれは完璧じゃなくなっているんです。だって時計の針は動いていますから。
司会
ああ、そうですね。
野沢社長
もう時代遅れになっているわけです。また、試作段階でやるのと、実際にお店の運営の中でたくさんのオーダーが入る中でやるのとは、全く違う。カツ丼を一つだけをつくっていればいいのと、カツ丼が来て、ラーメンが来て、タンメンが来て、オムライスが来てっていう、これ全然違います。テストキッチンで100のものが、運営のオペレーションの中では7〜8割ぐらいか、下手すりゃ半分ぐらいに品質が落ちると思いますよね。そこでまた改善が入ってくる。

多店舗化のタイミング

司会
なるほど。そうやって、この人気商品、爆弾ハンバーグが私たちのもとに届けられているというわけなんですけれども、多店舗化のタイミングについても、少しお話を伺えればと思います。出店の時期とか、地域というのは、これはやっぱり狙っていくものですか。
野沢社長
それまでいろいろな準備をして、そして出店するわけですけど、やはり人でしょうね。
司会
人がキーワード。
野沢社長
人が育ったときだと思います。私は1店舗やっているときに、次のお店の50%分ぐらいの余分な人を入れても収益が立つようにして、やっていました。それで、初めて多店舗化をしていくと。また例えば、2店舗目のときに1,000万円かかったとして、この店が駄目になり、1,000万円の借金だけが残っても1店舗目の利益で借金を十二分に返せるようなタイミングに出しました。
司会
冷静な見極めというのが本当に必要なんですねぇ。多店舗化するときに、どんなことに気を付けました?
野沢社長
これはもう皆さん、ご存じでしょうけど、ランチェスターの法則を、当時の日本の第一人者の方に指導を受けていましたので、3点攻略法ですね。ですから、もっとわかりやすく言うと、面で捉えていくと。これはチェーンストアでいうと、ドミナントということになりますけど、要するに寡占状態をつくるということになります。
司会
近くでお店を出していくというか。
野沢社長
私ども、桐生だったので、足利、太田、伊勢崎とどこも大体15キロぐらいなんです。桐生の場合は後ろは山ですから、前だけ見てりゃいいんですね。
司会
ああ、そういうことになるわけですね。
野沢社長
はい。そうすると局地戦なんです。会社が小さいうちは、必ず局地戦でやらないと。そういった意味では桐生というのは、独立には非常に適している。
司会
やりやすい、限られたエリアというか。
野沢社長
そうです。そうするとゲリラ戦で勝てるんです。
司会
そのほか、例えば働く方に対して気を付けたりということはございましたか。
野沢社長
やはり労働基準法。私どもは15年、20年前から守るように、一生懸命努力していますけど、やっぱりこの辺のところがしっかりしてないまま多店舗化すると、なかなか厳しくなるんじゃないですか。味がいいからだけでやっていくと、まず難しい。
司会
多店舗化は難しいと。
野沢社長
と思います。

小山市への本社移転

司会
2002年(平成14年)に栃木県小山市に本社を移転されていますけれども、これはどのようなお考えからでしたか。
野沢社長
当社も群馬県で育てていただいて、だんだん出店のエリアもなくなってきまして、栃木県に入り始めていたんです。そうすると、その頃、立地の情報、それと、人の採用、特にこの2つに関しては、非常に苦労してきたんです。要するに人が集まりにくい、それと立地の情報が遅くなる、そういうことがありまして、北関東の中心である小山。それで、小山で私、50キロ、100キロと円を描いたんですね。
司会
ええ。小山を中心として。
野沢社長
100キロでやると、房総半島の半分以上、三浦半島の半分以上までカバーできます。
司会
結構入りますね。そういったところから、小山という場所を本社になさったと。
野沢社長
そうです。

ジャスダックへの上場

司会
2004年(平成16年)にジャスダック市場に株式を上場しました。上場というのは、やっぱり一つの目標ではあったんでしょうか。
野沢社長
そうですね、10坪の店を出して1年ぐらいして、一番最初に社員として採用した人に、常日頃からもう本当に耳にタコができるぐらい「上場するんだ」と。当時は私もまだ29歳、30歳、意味はわからないんですけど、上場っていうのは、どうも社会的に認められた一流の会社なんだなというぐらいの知識はあったんです。それで、じゃあそれを目指そうと。
司会
上場の成果というのはいかがでしょうか。
野沢社長
まず、人の採用が非常にしやすくなったということですね。
司会
いい人材が集まる。
野沢社長

はい。それと、やはり先ほども言った、店舗の用地の物件も集まりやすくなった。

司会
いい情報が集まりやすくなる。
野沢社長
それと、地主さんが安心して貸してくれる。
司会
そのあたりから、ご商売をやりやすくなった。
野沢社長
そうですね。やりやすいですね。非常にやりやすいと思います。

成功のポイント

司会
現在、62店舗と伺っておりますが、振り返ってみて、成功のポイントはどのあたりだったと思いますか。
野沢社長
いや、成功のポイントではなくて、むしろ、ここは、失敗のポイントだと。夢が小さかった。
司会
えっ、夢が小さい?
野沢社長
私が創業したころは、100店舗のチェーンストアってなかったですよ。100億売っている企業も。そのときに、例えば100店舗とか、100億って言うと、気が狂ったんじゃないかって言われました。
司会
夢のまた夢のような(笑)。
野沢社長
そうですね。でもあのときに、1,000億とか、1,000店舗とか、大きな風呂敷を広げておけば、会社の運営の仕方が変わっていたり、お店のサイズが変わっていたり、または業種とか業態が変わっていたり、いろんなことが変わって、1,000店舗はなくても、700店とか800店はできていたんじゃないかと。
司会
桁が一つ違うと。
野沢社長

はい。ですから、成功のポイントというのは、大きな夢を持つということじゃないかと。そして、それを明文化して、そして夢を語り続けるっていうことです。私はこの小さな夢だったんですけど、10項目ほど書いて、車の中に、それとトイレ、それとベッドの近くに置いて、車の中ではもう大声で叫んでましたね。


[フライングガーデン店舗外観]

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