信用保証協会とは三つの支援保証利用のご案内コンプライアンス・個人情報情報公開
保証協会へのアクセス制度検索ご相談窓口よくある質問リンク集
群馬県信用保証協会トップページ > チャレンジ・ザ・ドリーム >


平成30年2月1日(第59回)放送【1】

【プログラム】
●トップインタビュー:株式会社とりせん 前原宏之 代表取締役社長
●保証協会からのお知らせ:保証協会の事業承継支援について
●チャレンジ企業紹介コーナー:株式会社糀屋


プロローグ

司会

こんにちは。ご案内役の奈良のりえです。夢への挑戦をテーマに企業トップへのインタビューなどをおよそ1時間にわたって放送している「チャレンジ・ザ・ドリーム」。今日のトップインタビューは、スーパーマーケットチェーンを展開する株式会社とりせんの前原宏之社長、47歳です。群馬、栃木、茨城、埼玉の4県に60店舗を展開するとりせん。1912年(明治45年)の創業で創業106年、また、会社創立からは今年で70周年を迎えます。社会の移り変わりの中で、卸売から総合小売店、そしてスーパーマーケットと、業種・業態を変えながら成長してきました。前原社長は創業者から数えて4代目。変化する環境への対応の様子や、創業106年の看板を背負っていく思いなどを伺いました。そして番組後半は訪問インタビュー。創業450年の老舗で新しい挑戦も行っている、高崎市の株式会社糀屋を紹介します。

トップインタビュー

株式会社とりせん 前原宏之 代表取締役社長

司会
株式会社とりせんの前原宏之社長にFM GUNMAのスタジオにお越しいただきました。今日はどうぞよろしくお願いいたします。
前原社長

よろしくお願いします。


[収録風景:FM GUNMAスタジオにて]

「とりせん」の由来

司会
とりせんは、前原社長のひいおじいさんが1912年(明治45年)に館林市内で食品卸業を創業したのが始まりだそうですね。
前原社長
はい。
司会
そのあたりのお話から、まず伺っていければと思うんですけれども、前原社長、皆さん、たぶん思われるかもしれません。なぜ、「とりせん」という名前なんでしょうか。
前原社長
はい。実はこの質問をよく受けます。創業者が私の曽祖父、前原仙吉になります。横浜で業務用を主とした鶏卵や鶏肉の商店で見習いをしていたんです。そこで、商いの方法を勉強しまして、明治45年に、館林に戻り、創業しました。その際に、「鳥屋の仙ちゃん」と近所の方から呼ばれていたそうです。そういった経緯から、屋号を「とりせん」にしたと聞いております。
司会
なるほど、それで鶏をイメージした、このイメージキャラクター「ハートりん」ということなんですね。
前原社長
そうです。

「とりせん」の歴史

司会
ということで、「鳥屋の仙ちゃん」から、「とりせん」さんという名前になったわけですね。
前原社長
はい。その後、鳥仙商店を仙吉の長男の壬子雄が継承します。壬子雄は私の祖父にあたりますが、東京の食品問屋で修業しまして、お酒とか、缶詰、食用油、調味料、また、その当時は珍しかったと思うんですが、洋食器などの卸を始めました。その後、昭和23年に株式会社鳥仙本店を設立しました。少しではありますが、小売も始めたと聞いています。本格的に小売を始めたのはその後で、本業の卸売では、売上は非常に順調だったそうです。ただ、お金を月末に回収するのですが、その回収に苦心し、経営的には厳しかったようです。そういうこともありましたので、現金で支払いいただく小売にシフトしました。その後、昭和33年、私の父、章宏が大学を卒業して入社します。ちょうどその頃各地に、セルフサービス方式の店舗がどんどんでき始めたそうです。その中で、弊社も2号店の葛生店にセルフサービス方式の実験を始めました。
司会
お話を聞いていると、スーパーマーケットのスタートのときから移り変わりを含めて、とりせんさんは経験なさってきたというか。ずいぶん話が飛ぶんですけれども、前原社長が子供の頃っていうのは、お父さんが働いている姿、先代が働いている姿などは見ていました?
前原社長
そうですね。実は当時あまりお店に行った記憶はないんですね。たまに行くと、かなり忙しそうに働いていました。邪魔してはいけないと子供ながらに思っていました、ただですね、非常に活気があって、楽しいイメージがありましたね。
司会
そうですか。そのころは、とりせんはどのくらいの店舗数だったんですか。
前原社長
店舗数は30店舗ぐらいだったと思います。また、年商は300億円ぐらいあったと思います。

前原社長の入社までの経緯

司会
子どもの頃に、いつか自分も社長になるんだというような、そんな夢というのはありました?
前原社長
小学生の頃は意識はしてなかったです。ただ、周りからも言われますし、中学生の頃になると会社のこともわかってきましたので、徐々にそういう気持ちになっていったのではないかなと記憶しています。
司会
そして、大学卒業後なんですけれども、すぐにとりせんに入社されたんですか。
前原社長
実は大阪に本社を置く総合スーパーに入社しました。
司会
それは修業という意味でですか。
前原社長
そうですね。この会社は、当時、関東にも店舗がありまして、私は茨城県の店舗に配属され、その当時は衣料品を担当していました。
司会
そこで何年ぐらいお勤めになったんですか。
前原社長
2年半ですね。
司会
さまざまなご経験を積まれた後、入社という流れになったのですか。
前原社長
はい。
司会
決心をしたきっかけというのはあるんですか。それとも、もうそろそろかなとご自身で思われて?
前原社長
そうですね。そろそろかなという感じはありましたね。

入社後の様子

司会
とりせんに入社してすぐにはどういったことをなさっていましたか。
前原社長
最初は、店舗に配属になりました。鮮魚部門から、精肉、青果と、基本的には全ての部門をローテーションして、店舗でしばらくの間、働いていましたね。
司会
そして、その後はどういったご経験を積まれたんですか。
前原社長
実は1995年の10月だったと思いますが、東京の食品商社さんに出向しました。その後、翌年の1月から、アメリカのロサンゼルスで駐在員として2年間勤務していました。
司会
ロスにいた頃というのは、いろいろなスーパーマーケットを見て、今後、とりせんに役に立つようなものはないかなと勉強なさったりしました?
前原社長
はい。時間がありますと、やはりよく見に行きましたね。
司会
ええ。どういうところに注目して見に行ったんですか。
前原社長
いろいろ新しい展開というものがあるんですね。
司会
新しい展開?
前原社長
はい。一つは、大きな形で言いますと、例えば食品のスーパーマーケットに、一緒に出店している企業さんがあるんですね。どういう構成で出店されているかや、または、店舗の中で日本ではまだ少なかったサプリメントの売り場がかなり広いとか、いずれこのスタイルも日本に来るんだろうなとか、やはりアメリカのほうが多少先に進んでいる部分がありましたから……。
司会
そうですよねえ。
前原社長
見て、よく勉強させてもらいましたね。
司会
そして、戻ってこられて、当社の様子というのはいかがでしたか。
前原社長
1998年に戻ってきました。すぐに、SM統括部という部署に配属されました。
司会
SM統括部?
前原社長
このSMというのは、スーパーマーケットの略なんですね。
司会
ああ、なるほど。
前原社長
商品の仕入れを担当する商品部と、店舗を統括する店舗運営部があります。この2つの部門を統括する部門になっているんですね。
司会
まさにトータル的に見ていくということなんですね。
前原社長
この部署に配属されまして、全体を把握するということでは非常によかったと思います。その翌年に、営業企画部に異動しまして、新聞の折り込みチラシや、イベント、販売促進、物流関係、また、包装資材の仕入れ業務を担当しました。
司会
まさに一番大事な肝となる部分ですね。
前原社長
そうですね。いろいろと改善するところは改善してきたと思います。
司会
前原社長が手がけた、何かこう、改革というのはあるんですか。
前原社長
そうですね、小さなことの積み重ねになりますので、聞いている方がどう思うかっていうのはあるとは思うんですが……。
司会
いえいえ。
前原社長
例えば折り込みチラシにおきましては、その当時は週に2本から3本、曜日を決めて入れ、販促を行っていたんですね。これを、月の始まり、月の中旬に曜日とは関係なくセールを行うということで、今でも残っているんですが、月初に「とくだね市」、また月中の「とびきり市」、という企画をつくりました。企画としては非常に成功したのかなと思います。
司会
どうしてそれを思い付いたんですか。
前原社長
月初に弾みをつけたいというのもありましたし……。
司会
月の始め、スタートのときに。
前原社長
そうですね。また、月中においては、年金の支給日ということもありましたから、そういうことに関連づけようと、考えてやったのを覚えています。
司会
あとはご自身で何か心がけていることなどはありますか。
前原社長
時間があるときには、お店を見に行くようにしています。弊社の店舗もそうですし、競合になる店舗もそうですし。目標としては、週に10店舗ぐらいは見たいとは思っています。また、海外は、やはり何と言ってもアメリカになると思いますね。20年以上続けているんですけど、毎年従業員を連れて、アメリカのスーパーマーケットを視察するようにしていますね。
司会
研修に行かれているんですか。
前原社長
はい。
司会
2009年に39歳の若さで社長に就任されました。そのあたりのお話を伺っていきたいと思うのですが、その前に1曲お届けいたしましょう。どんな曲を選んでくださいましたか。
前原社長
非常に元気が出る歌を選んできました。
司会
お、いいですね。
前原社長
私もそうですし、ぜひ皆さんも、聞いて元気になってもらえればと思います。
司会

はい、ではご紹介いたします。曲は河島英五で『元気だしてゆこう』。


[店舗の様子]

チャレンジ・ザ・ドリーム目次



群馬県信用保証協会 〒371-0026 群馬県前橋市大手町3-3-1 TEL 027-231-8816